巨大な建物(駅舎)の裏に、いにしえの賑やかさの残り香があちこちに点在していた。赤平駅=失われし風景を求める旅(58)= わが町ご当地入場券購入記

◆赤平駅 (全ての写真はクリックで拡大します)

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訪れた人は、まず、この駅舎のスケールに圧倒され、驚かされるでしょう。

デカイ、とにかく大きな建物。

イメージは恐らく「中世の古城」なのでしょうね、全体的に洋風の城という外観イメージです。

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近づいて驚いたのが「レンガ」。

これ、サイディングの(レンガ風)ボードではありません。ホンモノのレンガを積み重ねてあります。そして、そのレンガも「割れレンガ」という「一個ずつすべて形が違う」という高級なレンガを無数に積み重ねているのです。

(私の自宅も、門のほんの少しの部分だけこれ(割れレンガ)使っているので、その価格の高さ、良く知っています)

一体いくらかかったのだろう・・・建物そのものより、そちらの方に気が行ってしまいます。(笑

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この建物は、駅+赤平市民交流センターという構成。市民交流センターの内容は、「5~6室の様々な大きさの研修室」「大型ホール」「大きな和室」「音楽室」等で構成されているようで、赤平市の建設業者さんや市民サークル等が会議やサークル活動で利用しているようです。

中に入ると・・・

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開放的な広い空間、エンストランスが迎えてくれます。

向かって右側は・・・赤平を紹介するミニ展示。

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その上は・・・

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これは、何をするスペースなのか・・・?

SLの精密モデルも展示されていました。

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向かって左側は、ホール。

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大型テレビを大きな椅子でゆったりと鑑賞することができます。

さて、駅に向かいましょう。

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わがまちご当地入場券の購入は2018年12月16日。でも、駅舎の撮影など上手くゆかず、再度撮影に訪れたのが2021年6月26日。

写真が今一つ足りず、近くに仕事で来たのをいいことに撮影に再々訪したのが21年7月7日というわけです。この写真を撮影したのは、6月26日、日曜日。

なので、当然、

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時刻表。

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1日9往復、18本の列車たちがここを発着します。

改札を抜けてホームに出ます。

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ホームから見た改札口。ホームは2面3線で、立派な跨線橋があります。

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足場が組まれていました。改修中?の様子です。

早速上ります。

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意外に小ぢんまりとした渡り廊下。床はコンクリートですが屋根は木造。

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窓を開けさせてもらって、撮影。

滝川方面を望みます。

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振り返り芦別(富良野)方面は足場が邪魔になって良い写真が撮れませんでした。

2・3番線ホームに降ります。

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ホームは、長い、とにかく長いです。そして、屋根は途中で無くなります。(笑

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駅名標

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3番線側は、今は全く利用されいません。側線は真っ赤に錆びています。

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そして、この側線の左側は、かつて多数の側線で埋められていたらしいです。先に訪れた芦別と、ここ赤平は有数の炭鉱町。

最盛期は芦別7万人、赤平5万人。夜のマチなどに住む「住民票の無い人々」(昔は相当こういう方がおられたらしいです)を含めると、芦別は約10万人、赤平も6~7万人と、隣同士のこの地域で15万人以上の人口があったらしいのです。

その礎は石炭。

ここ赤平駅のすぐ近くには「選炭場」の跡。

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各炭鉱やその付随施設には専用線が網の目の様に引き込まれていて、この「選炭場」にも、専用線と側線がずらりと並んでいたようです。

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今は、ほとんどが緑の中に埋もれてしまっていますが・・・

ホームを滝川方面にテクテク歩いていくと・・・

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ここも多数の側線があったようです、しかも、いくつかの線路は未だに残っています。

そして、はるか遠くには・・・

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信号灯塔(正しくは「出発信号灯塔」と言うのでしょうか)と、構内を照らす構内灯塔がありました。

これ、クルマを飛ばして逆側から見るとこんな感じでした。

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左前方、遥か彼方に小さく駅舎が・・・あの巨大な駅舎が、紺にナチ小さくなるくらいの距離まで、構内が続いているわけです。

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途中には構内灯塔が林の中から顔を出していました。

ホームを逆側に、再度、テクテク歩いてみます。

あ、これは・・・?

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遠すぎてわかりにくいので、拡大してみます・・・

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芦別駅にもあった、「信号扱所」の建物です。これも、クルマを飛ばして近くまで行ってみます。

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成程、今は側線も無く、ポイント切替、構内監視も必要ないという事で、使われていない感じがしますね。

さらにクルマを飛ばして先へ進んでみます。

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相当走って、最初の踏切から撮影。遠く遠くケシ粒のように見えるのが分かるでしょうか?

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少し拡大すると、左に構内灯塔がわかります。

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もうちょっと拡大すると見えてきました。

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よお~く見てみると、左に構内灯塔、真ん中に信号扱所、その手前に信号灯塔が見えます。

赤平駅舎はそのさらに奥でとても見える距離にはありません。

 

広い・・・とにかく広い敷地・構内です。

雑草や木々、林に覆われてしまって、かなりの数の側線はもう目視出来なくなってしまっていますが、この広い構内は、かつての石炭産業華やかなりし時の名残、残り香を今に伝えてくれているような気がします。



芦別と並び、石炭を軸に、人が集まり、マチが賑わいを見せていた空知の炭鉱町の一つ、赤平。

もし、タイムマシンがあって、それを使えるのなら、私は最盛期の昭和20年代後半の空知、芦別やここ赤平に来てみたいです。

ぎっしりと住宅がひしめき合っていた炭住、マイカーなど、まだほとんどの人々が所有できておらず、移動はバスと鉄道が主体。

沢山の人々の移動を支えていた鉄道、ホームにあふれるほど人が押し寄せていた駅。

そうした、賑わいのマチの香りを感じてみたいと思うのです。


今は、とにかく静か。人っ子一人いない駅で、古の賑わいをイメージすることも難しい程の静けさ。

空知のマチは、どこもどんどん静かになってゆくのです・・・

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赤平駅

営業時間:6:45 ~ 14:30

休業日:土曜・日曜・祝日および年末年始

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このページは、よしかわゆういちが2021年7月18日 22:59に書いたブログ記事です。

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