ベッドサイドの時間潰しに読み返した「風の歌を聴け」は、またしても印象が違ったのだ・・・

◆村上春樹 風の歌を聴け

風の歌を聴け (講談社文庫)

著者 : 村上春樹

講談社

発売日 : 2004-09-15

ブクログでレビューを見る»

2年ぶりに再読。

◆入院中の時間潰しの友・・・・

入院となって、家人と息子が差し入れてくれたのが、これ、

村上20210603

村上春樹羊四部作・・・・うち「羊を巡る冒険」だけが抜けていた(笑

さすがわが妻、わが息子というところか・・・


さて、まずはダンスダンスダンスから・・・具合が時間を追うごとに楽になってくるので、あっさり1日もかからず再読。次に手にしたのが、これ、

◆風の歌を聴け

自分のブログの日記を見てみると、

2011年4月・・・ちょうど10年前。

2019年10月・・・こちらは2年前。

それぞれ「再読」している。(初めて読んだのは、多分学生の頃だからもう30年以上前か・・・)

10年前も2年前も「読み方」読書のアプローチの方向で、印象と感想は大きく変わる・・・・と結構良い事を書いている。(笑

文章の構成も、何を伝えたいか比較的明確でもある。

 

今回は、「ダンス・・・」の後で読んだので、これまた感想が大きく異なって来た。どちらかと言えば4部作の「プロローグ」的な感想に寄る感じはあったが。

それは、読み方にくわえて「読む順番」という要素によっても、感想・印象が大きく変わるという事だ。


4部作を通した主人公は「僕」。

スタートの本書では「僕」は20代の学生。

直前に読んだ4巻目のダンスダンスダンスでは、「僕」は30台中盤の離婚経験者。

ということで「僕」の成長過程を作品と作品の間から俯瞰/逆算した感想になるわけだ。

成程、離婚を経験して、かつ社会からもスポイルされるような複雑な体験をしている間に、心の動きも複雑化し、一部シニカルに、一部まっとうな大人のふるまいを見せてくれるわけだが、ほんの10年前の学生時代は、こんな瑞々しい感覚を持っていたのだ・・・という感覚。


おそらくは、本書の「僕」はまだ「失う」ものが少なかったのだと思う。様々な物事・人を失う(喪う)事をそれほど怖がっていない。

ダンスの「僕」は実にいろいろの物事・人を失い(喪い)、そして沢山傷ついて、失う(喪う)事の怖さを自覚している。

 

この「僕」の立ち位置の違いを良くわかったうえで、つまり(すくなからず)成長して大人になった「僕」を知ったうえで、本書の「僕」を見てみると、その「若さ」が際立って、時としてみずみずしさまで感じられるということだ。

 

「僕」のクロニクル(年代記)的読み方ということか。

やっぱり面白かった・・・

 

入院期間はあと今日を入れて3日間となった。

残っているのは 1983年のピンボールだけとなってしまった。

圧倒的に本が足りない・・・困ったもんだ。(笑

風の歌を聴け (講談社文庫)

著者 : 村上春樹

講談社

発売日 : 2004-09-15

ブクログでレビューを見る»

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.yo4.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1655

Powered by Movable Type 5.02

月別 アーカイブ

ウェブページ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ
にほんブログ村

このブログ記事について

このページは、よしかわゆういちが2021年6月 3日 16:00に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「MRIのハシゴ?入院日記2日目」です。

次のブログ記事は「かなり良くなってきた!」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。