ベッドサイドの時間潰しに読み返した「1973年のピンボール」も印象が変わったかなぁ・・・

◆村上春樹 1973年のピンボール

1973年のピンボール (講談社文庫)

著者 : 村上春樹

講談社

発売日 : 2004-11-16

ブクログでレビューを見る»

こちらも2年ぶりの再読。

◆この作品は以降の2作品への「分岐点」という位置づけ?

本書 1980年 6月

羊をめぐる冒険 1982年10月
ノルウエイの森 1987年9月

年代的には、羊・・・の方が2年後という事で本書の続編、という性格を色濃く感じる。作中の登場人物も、「僕」と「鼠」そのままなので、連続性も感じる。

でも、本書にも、ノルウエイにも「直子」が登場する。本書の中でしっかりとした固有名詞が出てくるのは、この直子だけである。そういう意味ではこちらも、ノルウエイ・・・への連続性も感じるわけだ。

    |ー→羊をめぐる冒険(1982/10)
1973年のピンポール(1980/6) ー→|
|ー→ノルウエイの森(1987/9)

 

この作品は以降の「羊をめぐる冒険」、「ノルウエイの森」の分岐点という位置づけになるわけだ。

いままでは、上のライン「鼠三部作」としてした意識していなかったけれども、改めてじっくり読み返してみると、下のラインへの連続性も伏線が張られていることに気づいた。

 

◆無茶苦茶ピンボールがしたくなった・・・

前回読了(2019年10月)でも前々回読了 (2011年4月)でも触れたけれども、我々の世代は「ピンボール」をリアルタイムで体験した世代。

ちょうど高校受験の真っただ中でもあったのだけれど、親や教師たちの目を盗み、友人たちとツルみ、ゲームセンターに通ったものだった。こうして病室のベッドサイドで読んでいると、今すぐにでもゲームセンターに行ってピンボールをプレイしてみたくなる。

今、ゲームセンターにピンボールはあるのだろうか?


退院したらすぐにでも「検証」に行かねばなるまい!(笑

 

 

この作品では、前作「風の歌を聴け」でツルむ事となった「僕」と「鼠」の二人が直接触れ合う事は無く、それぞれが別々の話としてストーリーが展開される。

・「僕」はたまたま巡り合った「双子の姉妹」を喪い、スペースシップという「ピンボールマシン」(これは直子の比喩ではないかとも言われているようだ)を喪う

・「鼠」は週末の土曜にその女性と会う事だけに一週間思いを募らせるほど好きになり依存していた「恋人」を喪う

私は後者の繊細の気持ちの振れが、今回一番印象的ではあった。

後の作品(羊を・・・)で明らかになるのだけれども、人一番孤独を怖れ、孤独を憎む性格なのだけれど、そうした(孤独を怖れる)自分の弱さをも憎み、克服出来ない自分を憎むという「鼠」の渇きと葛藤が後の作品を良くわかったうえで読むと、「ここから(彼の自己否定)は始まっていたんだ・・」という事に気づける。

今までの読書では、そこを感じられなかったわけだ。

 

やっぱり面白かった。

これから、退院まで1日半ある。しかし、読む本が尽きてしまった・・・・(T_T)

病院のコンビニで文庫本でも買うとするか・・・・

1973年のピンボール (講談社文庫)

著者 : 村上春樹

講談社

発売日 : 2004-11-16

ブクログでレビューを見る»

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.yo4.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1658

Powered by Movable Type 5.02

月別 アーカイブ

ウェブページ

にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ
にほんブログ村

このブログ記事について

このページは、よしかわゆういちが2021年6月 4日 15:42に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「かなり良くなってきた!」です。

次のブログ記事は「体は現金・・・というか正直ですな~」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。