悔しい、とんでもなく悔しいけれど、安堵の敗戦・・・決勝カタール戦 アジアカップ2019観戦記

日本代表VSカタール代表

アジアカップ2019決勝戦 (アブダビ)

日本代表1-3カタール代表

安堵している。

長いこと、もう30年以上も代表の試合を追いかけて来て、敗戦して「安堵」したことなどは、おそらく初めてなんじゃないかとも思う。

もともと、日本人は体格的な特徴もあり、身体的基礎能力が高い国のチームに苦戦する傾向がある。一番の難敵は「アフリカ勢」だ。

例えば、過去、ナイジェリアとオリンピックやワールドユースで戦った面々は(対戦経験があった中田英寿以外は)その身体能力に舌を巻き、「とても勝てる相手ではない」と感じたといわれている。

カタールというチームはそうした(日本が苦手としている)アフリカ的でしなやかな身体能力の高さがあり、速く、強いチームだった。


前半は、何も出来なかった、させてもらえなかった。

天賦の才を持つアタッカーは、例えばイタリア代表やドイツ代表などの世界的に経験豊富な屈強のディフェンダーでも、止めることが出来ないことなどは良くある。

大事なことは、その強力なアタッカーにボールが渡る前に、危険を芽のうちに摘む事。

それが出来なかった。

ボール支配率23%という無様な展開を許したサウジ戦同様、素早く展開され強く圧をかけられると、今の若い日本は弱い。

そう、まだまだ、弱くモロいチームだという事だ。

 


イラン戦のあと、選手のコメントからも、メディアの評価も、「最高」のオンパレード。

まだ優勝したわけでもないのに、次々と称賛のコメントにあふれていた。

ある選手は「ベストバウト」とまで言い切っていた。

絶対に心のどこかに、あってはいけないはずの「緩み」があったのではないだろうか・・・

 

アジアカップは、文字通り「アジアの王者を決める大会」である。

今、アジアで一番強い国を決める・・・大会。

そこに価値があるのは言うまでも無い。

しかし、逆に言えば、「今アジアで一番強い国」と、自他ともに認められる・・・だけの大会なのだ。

優勝したからと言って、「ワールドカップ予選免除」などという何か「特典」があるわけでは無い。

単純に「アジアという地域の今の一番を決める」(だけ)の大会である。

私たちの最終目的地は、ここ(アジアの王者)ではないのだ。

目指すべき高みは、別のところにある。

ここで優勝してみたところで、わずかばかりの自信を持て、プライドが満たされる・・・程度のところなのだ。

だから私はこの大会を「最低で決勝進出」「ノルマは優勝」と位置付けていた。

優勝は到達点ではなく、ひとつの「ノルマ(=通過点)」だったわけだ。

 

まだ、ノルマ(優勝)を果たしたわけでもないのに、大騒ぎして燥ぐ選手達やメディアを苦々しく思っていたのだ。

 

2点を追いかけた後半。猛攻をかけて南野が1点を奪い取った。

その後も一方的に攻勢をかけていたようにも見えるけれども、10本にも及ぶコーナーキックのすべてで「得点の匂い」は感じなかった。

ペナルティエリア内で放ったシュートも数多くあったけれども、そのほとんどすべてが、「GKに届く前にDFにカット」されていたのだ。そう、ゴールどころか、「キーパーにすらシュートを届けることが出来なかった」わけだ。


もっとも、何も出来なかった、させてもらえなかった前半から比べると、最終ラインを押し上げ、ボールの出どころ奪いどころを高い位置に移し、そこからさらにタテに速く展開する・・・という後半の試みそのものは機能していた。
これはハーフタイムのベンチワークの功奏といえるだろう。


速くパワフルに押し込まれた時の未熟さ、攻撃の起点、ボールの奪いどころのポイント、そこからの攻撃の組み立てとバリエーション。攻守全体でのメリハリとタメ。

そうした一つ一つの要素が、すこしずつ未熟であり、半端だったということだ。

準優勝?に浮かれている暇はない。

今から、次の試合に向けての準備を始めなくてはいけない。

 

優勝してしまえば、(その優勝に値する価値の少なさ小ささに反比例して)賞賛の雨あられが降り、選手たちもメディアも浮わついてしまったことだろう。
(人間はかくも弱い生き物だ、どんなに謙虚な人間でも賞賛の雨あられには「その気」になってしまうものだ)

負けてくれたことで、その責任(敗因)を求める声(論調)がすでに起き始めている。

私はこれに「安堵」するのだ。

 

誰よりもショックを受け、誰よりも悔しい思いをしているのは選手たちだろう。

このままではダメだ・・・・

と、何人の選手もが思ってくれていることだろう。

それこそが、「今大会の出場できた価値」と言えるだろう。

 

研究されることで良さを消されることの多かった予選リーグ、これを乗り越えるにはどうしなくてはいけないか?

速くて強いポゼッションに押し込まれることで、本来の力を出せなくなってしまったサウジ戦、この原因はどこにあるのか?

悔しい悔しい敗戦を喫したカタールを、今度は圧倒するにはどうしなくてはいけないのか?

選手にも、監督をはじめとするスタッフにも、今からなすべきこと、考えなくてはいけないこと、問題と課題は山積だ。


優勝という「さほど価値のない実績」に油断と慢心を萌芽させられるのではなく、
痛恨の完敗という「強烈な悔しさ」と「問題と課題の山積」の存在に気付かさせてくれた。


そこに安堵するのだ。


ドーハの悲劇があったからこそ、その後ワールドカップ出場は今や「当たり前」になったのだ。

アブダビの完敗があったからこそ、これからのワールドカップ「ベスト4以上の常連」が「当たり前」になって欲しい。

私はそれ(ワールドカップでの日本の優勝)を本気で願っている。

 

■アジアカップ日本代表全観戦記はこちら→

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このページは、よしかわゆういちが2019年2月 2日 15:43に書いたブログ記事です。

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