横綱の品位・・・とは? ちょっと考えさせられた。結果、わかった事は・・・?

◆2017年11月23日(木)祝日/勤労感謝の日

横綱の品位

横綱・白鵬の態度が問題になっている・・・・

◆横綱の品位?

敗戦という「判定」に不服を示した横綱は、勝ち名乗りへの立ち合いを拒みその場に立ち尽くす・・・

もともと相撲はあまりライブでは見ない私なので、この「事件」は全く知らなかった。ネットのニュースで、朝から大騒ぎだったのでこれを知った。

便利な世の中はyoutubeでその光景を見ることが出来る。(実際の取り組みは4分30秒位から・・・)


「待った」をかけたので、審判の物言いを待ち、それを促すように何度も右手をあげてアピールしているようにも見える。

NHKのアナウンサーが、

>こんなシーンは見たことがありません。
>これはいけません。
>こんな事はあってはならないことです。
>この姿は大横綱いけません。

と、非常に珍しい事に力士個人を批判している。NHKのアナウンサーがこうした表現を使うのは、本当に珍しい事だ。私にはそちらの方に興味がわいた。これは「事実をありのままにつたえる」アナウンサーの業務を超えて、「個人の見解」や「意見」「批判」というところまで踏み込んでいる。

冷静沈着、事実を伝えることを生業としているNHKのアナウンサーをして、ここまで言わせてしまう白鵬の態度には、どこに問題があるのか、非常に興味がわいた。

wikiで「横綱」を引く と・・・

横綱には品格がもとめられるのだという、それは・・・

  • 一、相撲に精進する気迫
  • 二、地位に対する責任感
  • 三、社会に対する責任感
  • 四、常識ある生活態度
  • 五、その他横綱として求められる事項

と、ある。 そして、


横綱とは常に真っ向勝負。己の力のみで戦い、駆け引き・頭で戦わず、勝負にも拘らず、負けたと思えば潔く負けを認めるべきである。」という暗黙の了解がありこれを横綱の品格とされている 

と、いうのだ。

なるほどね。上の「五か条」はともかくとして、下の「勝負にも拘らず、負けたと思えば・・・認めるべき」というくだりが、引っかかるのだろうね。

横綱という立場は、地位を陥落することが無いため、逆に「強くなければならない」(勝てないと引退を求められる)そして「品格」が求められるという。なぜ「品格」なのか?それは、「神の依り代」なのだからだという。

そうなんだ!神様が降りてくる・寄り付きどころ・・・が横綱なんだ!知らなかった。

以前から

「横綱って、やたらと立ち居振る舞いに高潔さを求められるなぁ・・・横綱だって人間なのに神様にでもなれっていうのか?」

と思う事もあった。

その通りだったんだ。神様の寄り付くところ・・・が横綱なんだ・・・

だとすると、腑に落ちる。

NHKのアナウンサーが取り乱してしまったのはそれを知っていたからなのだろうね。「神の寄り付きどころ」が横綱なのだと。その立場として「あってはならない態度」という事だったんだね。

 

それにしても、「生身の人間」に「紙の寄り付きどころ」の立場を据え付けられること・・・これはキツイのではないかと思う。

神格化される存在に祭り上げられることは、とても、しんどい事でもあるのではなかろうかと・・・だ。

横綱の品位・・・それは、「自らを神格化された立場に置くこと(おかれること)」なのだ。

 

そういう視点で、このビデオをもう一度見ると。何とも言えない複雑な気持ちになる。

横綱の品位・・・それは、私が思っている以上に、重たいものだった。

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このページは、よしかわゆういちが2017年11月23日 17:14に書いたブログ記事です。

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