憎しみ合いからは何も生まれない、大人の対応で語りかけ続けるしかないのだが・・

◆2017年11月21日(火) 川口市安行はくもり

朝から憂鬱なニュースが飛び込んで来た・・・・

テロ支援国家

(日本経済新聞web版2007-11-21 より引用)


◆泣き・グズリ・言う事を聞かない幼子を殴っても、余計グズるだけなのだが・・・

一昨日から息子夫婦の家に遊びに来ている。久しぶりに孫に遊んでもらいながら、「眠くてグズる子供の扱いって、ホント難しいな~」などと考えていた矢先に、このニュースが飛び込んで来た。

テロ支援国家に指定されると・・・

・指定国への武器の輸出・販売禁止
・指定国への軍事力を増強する可能性のあるものの輸出について議会へ通知義務
・指定国への掲載援助禁止
・指定国への金融の規制

という実行措置があるらしい。まあ、アメリカによる独自経済制裁強化といったところだろうか。

それより、対外的に「あの国はテロの国だ」とアメリカからお墨付きを付けられる・・・事の方がインパクトが強いのだろう。

独裁国家で、国民が疲弊しているのにそれに手を付けようとすることも無く、外国に対し一方的な挑発と脅威を見せつける。それだけではなく、他国民を拉致し、自由を奪い強制的に労働させる。まあ、我々からすると「狂人に支配された国家」いや「国そのものが狂っている?」としか思えない国家にしか見えない、という側面もある。

しかし、だからと言って、「攻め」るだけではダメなのだ・・・・

泣く赤ん坊を殴っても、余計激しく泣くだけだろう・・・このままでは、対話の努力をし続けない限り・・・戦争になってしまうのではないだろうか・・・


◆どうしても過去とダブる・・・

外国から経済制裁を受け、資源の輸入を強烈に制限され、世界から孤立し・・・結局「戦争」という暴発行為に追い込まれてしまったのは、他ならぬ我が国・日本である。

ピンとこないかもしれないが、太平洋戦争前の日本も、現在の北朝鮮ほどではなかったかもしれないが、世界から異端視され警戒され不気味視されていたのだ。

今の北朝鮮をみていると、どうしてもそれとダブる。戦争に追い込まれた日本にそっくりではないか。

戦争だけは、どんな理由があっても、どの国、誰が相手でも許されるものではない。絶対に。

人と人が殺し合い、何の罪もない人が巻き込まれ死傷する。究極の暴力の発露である。

どんな大義も正論にも戦争は許されるものではない。


私達は、先の東日本大震災で、理不尽に、そう、なんの理由もなく、ひとの命や住まいや生活がいとも簡単に奪われてしまうことを目の当たりにした。

私達は、大勢の方々が理不尽な目に会う姿を見て、大勢の方々が亡くなったり被災された姿をみて、「人としての悲しみや憤り」を感じた。

戦争は、これの大規模版である。

天災、災害と違う事は、

「人の知や努力で避ける可能性も余地もある」

というところだ。


じれったくなるかもしれない、一進一退どころか、進んでいる感覚すら持てないかもしれない。

何度何度言っても、語り掛けても無駄なのかもしれない。

でも、相手は道理が通じない、赤ん坊と同じような国家であり独裁者なのだ。

で、あれば、「あやす」・・・そう、お菓子やおもちゃで、おだてて、なだめて、すかして、ご機嫌取って、いい気持にさせて・・・

砂漠に水をまくような、ざるで水をすくうような、途方もない徒労感を伴うだろう。

なんともやりきれない努力が必要かもしれない。

でも、戦争よりは、はるかにいい。

私達日本の国民一人一人も、そして、北朝鮮や韓国の国民一人一人には、なんの罪もないのだから、そういう人々を戦争に巻き込むことだけは絶対にしてはいけない。

勝っても負けても、そこからは憎悪と悲しみ、絶望しか生み出せない。

どこからも、先へ向かった希望感が生まれる余地は無いからだ。

 

私は、言葉の力を信じたいと思う。

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このページは、よしかわゆういちが2017年11月21日 08:10に書いたブログ記事です。

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