名も無き毒・・・とは、どんなモノなのだろうか? 宮部みゆき「名も無き毒」 (文春文庫)を読む

◆宮部みゆき 名も無き毒

文春文庫 2011年12月10日 848円+税

 

◆宮部みゆきは魔術師ではあると・・・思う

火車、模倣犯、楽園・・・そして、この名も無き毒と読んでみた。

この作品は、私の数少ないTwitterのフォロワーさんから薦められたものだ。

脱線するが、Twitter・FaceBookなどのSNSで、お会いしたことも無い、もっと言ってしまうとコメントを交わしたことすらない方が大勢いる。この作品はそのSNS(ここではTwitterで)薦められた。複数の方からほとんど同時に薦められたモノで、間違いないだろうと、読んでみたら、やはり非常に面白かった。

こういう「つながり」があるから、私はSNSを大事にしたいと本当に思う。

おすすめ頂いた方々、ありがとうございます。

面白かった。宮部みゆきは「言葉の魔術師」であると私は思う。どんなに長い作品でも、必ず私をその世界に引きずり込み、読み終わるまで目を離せなくさせてくれてしまうからだ・・・・

 


◆名も無き毒とは・・・・何だろう?

作品のなかでは、語られない。

私は、「名も無き毒」とは、人の心であると思う。

作品の中で登場する人物は、模倣犯での様に、「人格的に破綻を来した人物」が、「他者の痛みを理解出来ず」、それ故に他者を傷つけ、時として命までも、奪ってしまう。

それを宮部は「毒」と読んでいる・・・と、私には思える。

人の心が歪み、他者の痛みを理解出来ないようになると、それは、攻撃性を伴った行動に反映される。

歪んだ心は、自覚できないまでに歪み切ってしまうと、それは他者への攻撃と変質してしまう。

歪んだ心からは、まっすぐな生き様こそが相対的に「歪んで見える」故に、(自らの歪みに気づけない、認めたくない心が)他者を傷つけることに正当性を与えてしまう。

名も無き毒・・・とは、人の心そのものなのである。誰にでも、心が歪んでしまう事がある。それは大なり小なり、全ての人の心に存在するのだ。

実は宮部は別の作品、楽園という作品で、こうも語っている・・・

誰かを切り捨てなければ、排除しなければ、得る事の出来ない幸福がある・・・

と。

その幸福こそを「楽園」と呼ぶのだと。

さらに、

それが真実であるならば、その楽園は、すでにあらかじめ失われてしまっているのだ。

とも言っている。

ここで言う、幸福と楽園も、全て人の心の隠喩ではないかと私は思うのだ。

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このページは、よしかわゆういちが2012年8月13日 00:58に書いたブログ記事です。

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