◆「プロ」の監督/マネージャーだった・・・・
松平氏が亡くなられた。
バレーボールは疎い・・・というより素人であまり興味のない私でも、氏の人となり、バレーの解説は聞いたことが何度もあるほど、まあ、有名な方ではあった。
私に取っては、バレーボールの代名詞・・・のような方でもある。
ミュンヘンオリンピック金メダル。Aクイック、Bクイック、時間差攻撃・・・・私にはその違いがよくわかっていなかったりするのだが・・・門外漢の私でも、彼の考案したユニークで、かつ、効果的な新攻撃手法がオリンピックで世界一を得る推進エンジンだった事が容易に解る。
アイディアマンであり、情熱の人でもあったと聞く。
ただ、私は昔からその手腕/スタイルがあまり好きでは無かった。
マスメディア・・・特にテレビを重視し露出戦略を取り、「全日本選手の練習公開」を有償化するなど、とかく「カネ」にまつわる悪い評判を聞くことがあったからだ。
当時はバレーボールは当然プロではなく、アマチュアである。アマチュアの選手の、しかも、「練習」という裏側の努力・・・それは本来、人様に見せるモノでも無かろうと私には思われた・・・まで、カネを取を取って見せる。というベクトルがどうしても好きになれなかったのだ。
しかし、それも、「基本財政を潤沢にし、全日本チームを強化するため」の一つの方策でもあったのだろう。そういう意味では、バレーは当時アマチュアスポーツではあったが、彼のマネジメントは「プロ」のそれであったのだ。
◆哲学の人でもあった
「オリンピックで金メダルを取るために、犯罪以外の事は何でもやった」
凄まじい一言ではないか。
なかなか、ここまでは言い切れない。
勝つために必要な事は何でもやる。オリンピックで金メダルの最大のライバルである東ドイツ(当時)。その東ドイツには、国交が無いために何のデータもない。
データ収集の為「親善試合」を組みたいが、国交が無くそのツテがが無い。
彼は、東ドイツの「絵画展」をプロモートし、その「関係者」として東ドイツのバレーチームのメンバーを招聘したのだという。そして、親善試合を行い、東ドイツのプレーヤーのデータを集めたのだと・・・
こんな事は、彼以外には出来なかったことでもあるのだろう。
「勝つ」為には、何でもする・・・・明確なベクトルがあり、哲学があった。
この哲学には、学ぶべき事が多いと(私は)思う。
合掌


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