三部作の導入部としては面白いが、単品としては退屈という二面性・村上春樹 風の歌を聴け

 ■2011年4月1日(金) 札幌は晴れ

ふとしたきっかけで、再読した。

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 風の歌を聴け (講談社文庫)

活字中毒でもある私は、通勤のJRの中で手元に本が無いと落ち着かない。逆に言うと「活字」であれば何でも良かったりする。

若干寝坊気味で、今朝家から慌ただしく出るときに「本であれば何でもいいや」と、適当に自分の本棚から抜いたのがコレ。朝と帰りの、合計40分のJR乗車時間で読み切ってしまえるサイズの文庫本である。

この「風の歌を聴け」から「1983年のピンボール」「羊をめぐる冒険」が三部作となり、完結編「ダンス・ダンス・ダンス」へと続く。

それぞれが、独立し完結する一つの小説の形をとりながら続けて読むと一つの大きな物語となっている構成。独特の「村上ワールド」を展開し、いつの間にか引き込まれ、一気に読まされてしまう筆力はさすがである。

さて、村上春樹のデビュー本とも言われている本書は、その後の村上を象徴するメタファーの多発も少なく、非常に伸びやかに、楽しそうに書かれているのが良く伝わってくる作である。

主人公の「私」と「鼠」。(この二人は後の4作品を通しての中心人物でもある)この二人の「大学生の夏休みのモラトリアム生活」小説。

それがこの本のあらすじであり、全てだ。

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文章を書くという作業はとりもなおさず自分と自分を取り巻く事物との距離を確認することである、必要な物は感性ではなくものさしだ。

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デレク・ハートフィールド(村上が作り出した架空の作家)の言葉に寄せて、語っている文章の定義がちょっと面白い。

ただ、一連のこの3部作+ダンスを加えると4部作で、村上が「ものさし」を使って確認出来た自分と自分を取り巻く事物がなんのか・・・は、私にはついぞ理解できたかったのだが。(笑

本作だけを単独で読んだ場合は、さほど面白くもない小説なのだが、連作の導入部人物紹介としては非常に面白いといえる・・・実にユニークな存在の本である。

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このページは、よしかわゆういちが2011年4月 1日 11:29に書いたブログ記事です。

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