法令遵守でわが社は滅びるか?(笑)
Posted at 07/07/23 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
■2007年7月23日(月)札幌は晴れ!
コンプライアンスがやって来た!
先週金曜日は、午後から「法令遵守・コンプライアンス研修」だった。
管理職、SE職、営業リーダの面々が
13:00?17:00まで延々と講義を拝聴させられた。
講義を受講しながら、私は桃知さん言われていたことを思い出していた。
| 私はパトリを擁護する。そしてそれが機能する社会や組織を中景とか種と呼ぶのだが、中景(種)が機能している社会や組織には法令遵守はいらない。なぜなら中景(種)が機能している社会ではコンプライアンスが機能しているからだ。 |
■中景が機能していない社会
情報セキュリティ部、法務部、事務部の各講師のレクチャの中で最も印象深かったのは
事務部・契約書作成部門の方の講義であった。
契約書を作成する時に肝要な事は、一にも二にも「自社が不利益を蒙らない」と、言う事
なのだそうだ。頻繁に出てくる言葉が、「有利、不利」または、「勝ち、負け」・・・である。
そこには、「勝ち」と「負け」、つまり、「白」と「黒」の二者択一、二項対立しかないのだ。
| しかし市場原理が中景(パトリ)を破壊するとともに、守るべき掟とその監視装置(社会統合の装置)がなくなることで、機能等価的に法令を外部装置として準備し、法令遵守を言わなくてはならなくなってしまている――その社会的コストは非常に高いのにだ。 |
市場原理が中景(パトリ)を壊してくれてしまったがゆえに、私達はその代替装置としての法令
(ここでは、「契約書」か?)に多大なるコストを支払わなくてはならなくなった。たった一通の
契約書を作成するのに、物凄い労力がかかってしまっているのだ。
郷原先生は、その著書や講演の中で、「法令の背後にある社会的要請」をきちんと把握し、
その「意とするところを汲め」と指摘されている。つまりは、単純に「法令に合っているかどうか?」
より先に、なぜその法が存在しているか?生まれてきたのか?ということを「考える」と言う作業
を実践せよということだと私は感じている。
形式的(郷原先生は言い訳的と絶妙の表現をされていたが)法令遵守は、私達を見事な
思考停止に導いてしまうのだ。
受講者のほとんどが「眠くて仕方のない研修だった」と口をそろえていたが、私は眠くなる
どころの騒ぎではなかった・・・・
思考停止の罠・・・・法令遵守でわが社は滅びるか・・?はのど元に突きつけられた匕首にも
匹敵するのではなかろうかとすらおもえてしまったのである。
この項続く・・・・(と、思う)